読みどころは源氏の教育観
「源氏物語 少女」（紫式部）
（阿部秋生校訂）小学館
源氏の子･夕霧は
十二歳で元服する。
厳格な教育方針の下、
源氏は夕霧を
四位にする特典を捨て、
六位という低い身分のまま
大学に入学させる。
花散里のもとに
預けられた夕霧は、
学問に励む。しかし彼は
雲居雁に想いを寄せていて…。
源氏物語第二十一帖｢少女｣。
筋書きは大きく三つあります。
一つは夕霧に対する
源氏の厳しい教育方針、
一つは夕霧と雲居雁の恋、
一つは源氏の豪邸･六条院の完成､です。
その中でも読みどころはやはり
源氏の教育観ではないかと思います。
「大学の道にしばし習はさむの
本意はべるにより、いま二三年を
いたづらの年に思ひなして、
おのづから朝廷にも
仕うまつりぬべきほどにならば、
いま人となりはべりなむ。」
（夕霧を大学寮に入れて、
しばらく勉強させたい。
この二、三年は
無駄なように見えても、
回り道をさせ、しっかり学問を
身に付けておけば、
朝廷に仕えたとき、
自然と一人前になるはずである。）
当時は個人の能力よりも
家柄の方が
はるかに重視されていました。
自身が生きている今であれば、
息子も自分の威光を笠に着て
振る舞うことは可能であるものの、
自分亡き後の後ろ盾がなくなったときの
ことを考えているのです。
財産を継がせるよりも、
子どもにしっかりとした
学問を身に付けさせる。
至極まっとうな考えですが、
なまじ権力や財産があると、
そうしたことに
思いが至らなくなる人間は
現代でも多いのではないでしょうか。
「なお、才をもととしてこそ、
大和魂の世に用ゐらるる方も
強うはべらめ。」
（学問という基礎があってはじめて
能力を世の中で
発揮させられるのである。）
源氏が言う｢世｣とはおそらく
政治の世界を指しているものと
思われますが、
どのような環境でも同じでしょう。
学問に裏打ちされた能力でなければ
世の中では通用しないのです。
ここで注目すべきは
源氏が用いている
｢大和魂｣という言葉です。
ともすれば精神論の象徴として
使用される現代の｢○○魂｣とは
意味が異なります。
当時学問は大陸伝来のものであり、
学習して後天的に身に付くものです。
それとは別に、
先天的に日本人に染みついている
鋭敏な感受性や
花鳥風月を愛でる精神的な豊かさを
｢大和魂｣と表していたのです。
つまり、
中国からの学問を究めることによって
日本人特有の精神の営みもまた
豊穣になるということでしょう。
面白いのは、学問とともに
この｢大和魂｣なる精神性を、
政治の実務能力として
重要視していることです。
風流人でなければ
世の中を治めることはできない。
いかにも平安的です。
さて、千年前の時代において
学問の重要性を
強く認識していた光源氏、
いや作者･紫式部。
貴族だったとはいえ
受領という底辺階級に所属していた
彼女は、家柄だけが優先される
当時の貴族社会に
嫌気がさしていたのかも知れません。
だからこそ彼女自身が学問を究め、
そしてその思いを
作中の源氏に託したのでしょう。
それから千年。
現代日本はどうでしょうか。
世襲的な家柄重視の風習は
政治の世界には根強く残り、
学問ではなく｢学歴｣
(本人の学力ではなく
出身大学の重視)が一般にははびこり、
紫式部の目指したと思われる
教養主義社会は未だ実現していません。
その具現化には
もう千年ほどかかるのかも知れません。
〔前帖〕
〔次帖〕
（2020.6.6）
【源氏物語】
01 桐壺
02 帚木
03 空蝉
04 夕顔
05 若紫
06 末摘花
07 紅葉賀
08 花宴
09 葵
10 賢木
11 花散里
12 須磨
13 明石
14 澪標
15 蓬生
16 関屋
17 絵合
18 松風
19 薄雲
20 朝顔
21 少女
22 玉鬘
23 初音
24 胡蝶
25 蛍
26 常夏
27 篝火
28 野分
29 行幸
30 藤袴
31 真木柱
32 梅枝
33 藤裏葉
34 若菜上
35 若菜下
36 柏木
37 横笛
38 鈴虫
39 夕霧
40 御法
41 幻
00 雲隠
42 匂兵部卿
43 紅梅
44 竹河
45 橋姫
46 椎本
47 総角
48 早蕨
49 宿木
50 東屋
51 浮舟
52 蜻蛉
53 手習
54 夢浮橋
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